辺民小考

世の中の片隅に生きていますが少しは考えることもあります ― 辺民小考

図書館の貸出サービスと「街の本屋さん」について

 新聞に「図書館の人気本所蔵どこまで 自民議連「書店支援」提言 国が議論へ」という記事が出ていた。図書館はよく利用するし、本を読むのは好きな方なので興味を持って読んだ。記事は、議連の提言を受けて、経営が厳しい書店を支援するために公立図書館での本の購入にルールが必要か国が議論を始めるとして、図書館の貸し出しの実態をレポートししていた。特に、図書館が利用者が多い本を複数所蔵することについて、実情が詳しく書かれていた。

 

議員連盟の提言のうち図書館に関するもの
 ネットで、議員連盟(「街の本屋さんを元気にして、日本の文化を守る議員連盟」)が出した提言というのを探したが、報道記事は沢山あるものの提言そのものは見つからなかった。しかし、議員連盟が昨年11月2日に開いた総会の様子を報じた記事(全国書店新聞令和4年12月1日号)に、議連で検討する主要テーマや書店側の要望が書かれてたので、提言の内容は大体類推できた。テーマや要望はいろいろあって、他に気になることもあるが、ここでは図書館に関することだけ書く。

 

 議連の齋藤健幹事長が挙げた主要テーマのうちの一つに「②公共図書館問題(ベストセラーの過度な複数蔵書、著者権利の保護)」があり、書店側の要望の一つに「③書店と図書館共存・共栄のための環境整備」があった。要望の③については、もう少し詳しく、次のように書かれていた。

 

   ③書店と図書館共存・共栄のための環境整備では、永年出版界と図書館界での
  懸案となっている「複本」や「新刊本の貸出不可期間」について一定のルールを
  設ける必要がある、原稿図書館法第7条の2にある「公立図書館の設置及び
  運営上の望ましい基準」を書店との共存も含めた内容に改正する必要がある、
  「図書館蔵書等における地元書店からの優先購入」等の措置が不可欠

 

 これを読むと、書店との関係で図書館について問題視しているのは、(a)過度な複数蔵書(「複本」)、(b)新刊本をすぐに貸し出していること、(c)本の購入先、であることが分かる。しかし、(c)について本の購入先を地元書店優先にして欲しいということ以外は、(a)も(b)も図書館のサービスによって直接的に影響を受ける(販売部数が減る)のは出版社であり、販売部数が増えてもそれが中小の地元書店の販売につながるかは疑問だと思った。

 

 この疑問をきっかけにして、いろいろと考えることになった。

 

●図書館の貸出サービスについて
 本の著者や出版社が、図書館の貸出を売上減少の要因の一つとして批判する気持ちは分かる。書店も図書館の貸出を本が売れない原因の一つと考えていつことも理解できる。しかし、そもそも図書館の貸出サービスは悪なのだろうか。いや、もっと根本的に、物の貸出ということから考えてみたい。

 

 世の中ではいろんな物が売られている。そして、その物を買った人は自由に人に貸したりできる。個人間の貸し借りだけでなく、いろんな物のレンタルサービスだってある。ではなぜ、本の貸出が問題になるのか。これは本が著作物だからです。著作権の一部に貸与権があり、著作権者が「貸与により公衆に提供する権利」を持っているのです。従って、著作権者の許可なく本の貸出は出来ないはず。しかし、これには例外があり、著作権法には「営利を目的とせず」「料金を受けない場合には」「貸与により公衆に提供することができる」と定められています。図書館の貸出サービスはまさにこのケースに当てはまるため、法律的には問題はありません。

 

 なぜ、無料で公衆に提供する場合は自由にできるようにしているのか。著作権という考え方の中にその理由があると思います。著作権は、著作権の対象となっている著作物(「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」)並びに「実演、レコード、放送及び有線放送」が、人類の文化的な成果物であり、文化の発展を助けるためには、著作物を創作する者(著作権者)の保護が必要だという考えに基づいています。しかし、文化の発展を助けるためには、それらの成果物が広く利用されることも必要です。そのため、「著作権者の保護」と「著作物等の利用」との間のバランスをとる必要がある。著作権法は、著作権者の許可なく利用できる範囲を定めて、そのバランスをとっているわけです。

 しかし、そのバランスのとり方は不変ではなく、時代とともに変化して来ています。実際、著作権法貸与権というものが定められたのは1984年になってから(1980年頃から急成長したレンタルレコード業が著作者等へ大きな経済的影響を与えたことを受けての法改正)で、その時には書籍・雑誌の貸与には、当分の間、貸与権は適用しないものとされました。その後、2002年頃からマンガ喫茶やレンタル店によるコミック本の大量流通が問題になって、2004年6月の著作権法改正で書籍・雑誌についても貸与権が適用されるようになったという経緯があります。
 この経緯を見てもわかるように、「著作権者の保護」と「著作物等の利用」との間のバランスは、著作権者と著作物を流通させる業界の圧力によって、だんだんと「著作権者の保護」を強める方向に移ってきているように思われます。これまでは、有料での貸出(レンタル業)への著作権者側の権利拡大でしたが、今後、無料での貸出にまで権利拡大が及ぶかもしれません(非営利無料の貸出でも映画については既に著作権法著作権者の許可が必要になっています)。著作権法を改正しなくても、図書館の貸出を有料化すれば著作権者の許可が必要になるので、出版業界はその方向で圧力を強める可能性もあります。

 

 今回、図書館の貸出サービスが、業界→自民党→政府での検討、という流れて俎上に上がったので、放っておくと業界の利益だけが優先されかねません。一方、図書館組織や広範な市民からの反発も予想されますが、出版文化を維持発展させるために必要なことを考えるのは重要なことなので、やみくもに反対すればいいとは思いません。このことについて、今日考えた範囲での私の意見は以下です。

 

 ・図書館の貸出サービスの有料化には反対
  (これは公共サービスは無料であるべきという私の原則的思いによる。
   税金でカバーすべきものと受益者負担すべきものの考え方については、
   機会があれば別途書きます。)
 ・図書館の貸出について著作権者側に対価を払うことは検討の余地がある
  但し、出版文化を維持発展させるため考えるべきであって、
  充分儲かっている人・業者をより儲けさせる必要はなく、
  苦しい状態で出版している人・業者を支援する仕組みであるべき
  (具体的には、図書館で購入した1冊目についてのみ対価を払うのがよいかな)

 

●図書館の貸出サービスが出版業界に与える影響
 図書館の貸出サービスにより、出版業界はどのくらい被害(売上の減少)を受けているのだろう。この判断はなかなか難しい。ネットで検索して、いくつかの記事や論評や論文を読んでみたが、正直言ってよく分からない。なので、以下はそれからから私が受けた印象に過ぎないが、思ったことを書いてみる。

 

 まず、思ったのは、立場の違いによって言っていることがかなり違うということ。図書館関係の人は、「図書館の貸出が出版の売上に与える影響はほとんどない」といい、出版関係の人は「図書館の貸出が出版の売上に影響している」と言ってる。どちらも、それそれデータを分析しているが、図書館関係の人は書籍全体についてかなり詳細に分析しているのに対して、出版関係の人は書籍全体の分析は大雑把で、それよりも特定の種類の本(売れ筋の本)に着目して分析する傾向が強いと感じた。これは、図書館は多くの人に読まれる小説などだけでなく学術書なども含めて書籍のことを考えているが、出版側は多量に販売している大手出版社の声が大きく彼らの売上を支える種類の本に関心が高いからだろう(専門書を出す中小出版社は別の意見があるかもしれないが声が小さい)と思った。
 また、論文ではなく雑誌や新聞の記事では出版側の言い分を取り上げて補足的に図書館側の事情を書くといったものがほとんどだったが、これは雑誌や新聞(特に新聞)は出版物の広告に大きく依存しているためだろうと想像した。

 

 こういう事情を踏まえた上で、私が一番状況をつかみやすいと思ったのは、「図書館の所蔵又は貸出が出版物の売上に与える影響に関する研究動向」という論文(研究レビュー)だった。この論文(一部他の論文も)から私が理解したことは以下。
→参照先 https://current.ndl.go.jp/ca2038

 

  1.出版(書籍・雑誌)の販売金額は1996年をピークに以降減少が続いている
    (2021年はピークの45%しかない。販売部数で見ると、落ち込みはもっと
     大きく、2021はピークの1995年の29%しかない。)
  2.図書館の貸出冊数は2011年度まで一貫して増加し、以降は若干減少傾向にある
  3.図書館の年間受入冊数は2013年以降減少傾向にあり、館数が増えてきている
    ので、1館当たりではかなり明確に減少している
    (これは、図書館予算が1998年度をピークとして2011年度までほぼ毎年減少
     したあと横ばいになっているが、1冊当たりの価格が上昇しているため)
  4.公共図書館の貸出冊数と書籍販売(冊数、金額)の間にはほぼ相関がない
    (書籍全体についての話)
  5.文芸書ベストセラー・エンターテイメント系小説に限れば、公共図書館
    蔵書数が多い(貸出数が多い)と、新刊書籍の売上部数を減少させる
  6.経済状況の悪化は公共図書館の利用を増加させる

 

 このうち、5は私の図書館利用からも実感している。私の利用する図書館ではベストセラー小説は在庫が複数あるのが普通だが、いつも順番待ちが多数発生していて1年待ちはざらにある。それだけ、買わずに借りて読む人が多いということだ。一方、新聞の書評に載った本でも少し学術的な内容の本は、図書館で買ってくれないことも多く、購入してくれた場合は比較的すぐに借りられる。

 

●書籍の販売ルートと「街の本屋さん」への影響(本はどこで買うのか)
 人気のある本(=売れ筋の本)については、図書館の貸出サービスの影響で販売部数が減っていることは分かった。それで、図書館の貸出がなければ売れるはずだった本は、どこで買われるはずだったのか。それを考えないと「街の本屋さん」に影響があるかどうか分からない。なんで、街の本屋なのか。自民党の議連が「街の本屋さんを元気にして・・・」となってたからです。

※図書館で借りられないなら買わないという人もいるが、書店の販売減少を考えるには借りられなかったら買う人だけを対象にすればよい

 

 まず、書籍の販売ルートを考えてみる。自分で考えるよりネットで調べる方が早い。出版科学研究所のサイトに「日本の出版流通の特徴と主な流通ルート」という記事があったのでこれを使う。
https://shuppankagaku.com/knowledge/market_route/
 主な流通ルートとして7つのルートが挙げられているが、考えたいのは「図書館の貸出がなければ売れるはずだった本」のことだから、図書館が買う「図書館ルート」と図書館では借りない「教科書ルート」は関係ない。それに、問題は読者がどこで買うかなので、途中の流通業者(取次、即売業者、専門取次、代理店)はありなしを含めてまとめて書くと次の5ルートになる。

 

   〇取次・書店ルート
    出版社→(取次)→→→→→→→ 書店 →読者

   〇CVSルート
    出版社→(取次、即売業者)→コンビニ→読者
   〇ネット書店・宅配ルート
    出版社→(取次ありなし)→ネット書店→読者
   〇生協ルート
    出版社→(取次、専門取次)→ 生協 →読者
   〇直販ルート
    出版社→→→→→→→→→→→→→→→→→→読者
    出版社→(代理店ありなし)→ 書店 →読者

 

 これを、本をどこから買うかという観点で見ると、①書店、②コンビニ、②生協、④ネット書店、⑤出版社の5つ。それに、新本じゃなく中古を買う人もいるから⑥中古品購入(店舗・ネット店・メルカリ等)が加わる。「街の本屋」はもちろん書店だから、「街の本屋」に影響があるかどうかは、図書館の貸出がなければ①書店で買っただろう人のことだけ考えればよい。そんなことは初めから分かっているのに②~⑥まで書いたのは、本の購入ルートが書店以外に沢山あることをはっきりさせたかったからです。問題にしているのは売れ筋の本なので、そういう本はほぼ雑誌しか置いていない②コンビニを除いてどこでも買えるだろう。

 

 そこで、一般的に書籍はどこで買われるのかを調べた。またネット検索。するとこんなデータが見つかった。

 これは、15歳から69歳の男女5,000人を対象に、書籍を購入したことがある場所を聞いた複数回答可)アンケート調査の結果だが、一般的な傾向を知るのには充分だろう。私の予想に反して、「街中などの書店」が最も多い(私はオンライン書店が一番多いと予想していた)。

 今は図書館で借りられれば借りるが、借りられなかったから本を買う人のことを考えているので、図書館で借りる人はお金の節約傾向が強いと思われることや、売れ筋の本(人気のある本)に限れば読めるまで長く待つことを厭わない人であることを考慮すると、一般的な傾向より⑥中古品購入(店舗・ネット店・メルカリ等)が多いと想像される。しかし、このデータを見るとそれでも「街中などの書店」が最も多いことには変わりなさそうだ。

 

 ここまでくると、人気のある本(=売れ筋の本)については、図書館の貸出サービスが「街中などの書店」の販売にかなり影響しているだろう、と私にも思われた。但し、都会に住む人にとっては「街中などの書店」というのはジュンク堂紀伊國屋などの大型書店が含まれていて(むしろそちらが多そう)、「街の本屋さん」という言葉でイメージされる中小書店とはかなり異なると考える方がよいと思った。
自民党の議連が「街の本屋さんを元気にして・・・」と名乗るのは、やろうとしていることが中小書店に限らずむしろ大きな書店に大きなメリットがあるのに、中小書店支援であるように思わせるイメージ戦略のような気がする。

 

 「街の本屋さん」を中小書店と考えるとそれらの書店は、もともと大型書店やネット書店やコンビニの雑誌販売に売り上げを奪われて経営が苦しくなり、数が少なくなってきている。そのことを前提にすれば、図書館の貸出が「街の本屋さん」に与える影響は、ある程度大きいとしてもそれが経営を左右する主要因ではない、と私は考えます。

 

●なぜ、中小書店がつぶれることを問題にするのか
 時代の変化により、過去には沢山売れていたものが需要減少(や消失)によりほとんど(または全く)売れなくなったり、販売ルートの変化により買われる場所が変わったりすることはきりがないほど多く存在する。それによってつぶれていった(つぶれてゆく)中小小売店は非常に多い。特に、買われる場所が大型店やチェーン店に変化することによる中小小売店の淘汰は激しいものがある(私はこれを必ずしも良しとしないが、政府は大型店規制を緩めるなどしてむしろそれを促進してきたと思う)。

 

 では、書店だけなぜつぶれることを問題にするのか? 書店が販売する書籍や雑誌などが文化の発展や社会の情報流通に必要不可欠なものであるからだ。しかし、それは直ちに中小書店がつぶれることを問題にする理由にはならない。なぜなら、その不可欠なものを守るためには書籍や雑誌が出版され、どんなルートであろうときちんと販売ルートが確保されていればいいのだから(必ずしも中小書店で販売される必要はない)。

 

 中小書店がつぶれるのが問題なのは、2つの場合しかないように思う。一つは、地方で中小書店しかなく、それがなくなるとコンビニの雑誌を除くとネット書店か出版社に直接連絡して買うしかなくなるが、それに慣れていない高齢者のことを考える場合(この場合は、買わなくても読めればいいのであればむしろ公共図書館の貸出サービスが助けになる)。もう一つは、中小書店が多様な書籍から住民が関心のある書籍を選ぶのに役立っている場合だ。中小書店は売り場が狭いので沢山の本を置いて住民が幅広く選べるようにすることはできない。従ってこれは、ある特定の分野の本や特定の傾向の本を店主が選んで並べている特色のある書店の場合だけだろう。


 ネットに慣れていない高齢者などに対しては、そのために中小書店を残すことを考えるより、ネットの導入も含めてその使い方を教える公共サービスを充実させる方がはるかに有益だと思う。
 
●街の本屋の未来を考える
 中小書店のこれからの存在意義は、ある特定の分野の本や特定の傾向の本を店主が選んで並べている特色のある書店であることに移ってゆくだろうと私は考えた。そういう書店の問題は、店舗の狭さから多くの本を並べられないことと、分野や傾向を絞っているため充分な販売量を確保するには広い商圏が必要なことだ。これら2つの問題を解決するには、店舗に本を並べることに加えて(あるいは店舗を持たずに)ネット上で店主の選んだ本を並べて販売することだろう。
 従って、それらの中小書店を支援するには、ネットでそのような販売が簡単にできるようなプラットフォームを用意したり、それらの中小ネット本屋を幅広く案内する仕組みが必要だと思う。これらの支援こそ、国や地方の公共団体が行うべきことだろう。