辺民小考

世の中の片隅に生きていますが少しは考えることもあります ― 辺民小考

日本国憲法を読んで自分なりに考えた(第5回:第一章 天皇(その3)、第八条)

 第5回は「第一章 天皇」のうち、「第八条(皇室の財産に関する規定)」について考えたことを書きます。

 

==== 第一章 天皇 == 第八条 ====================
〔財産授受の制限〕
第八条 皇室に財産を譲り渡し、又は皇室が、財産を譲り受け、若しくは賜与することは、国会の議決に基かなければならない。
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 この条文は分かりやすいが、それでもいくつかのことを考えた。それを順次書く。

 

 まず、憲法には皇室の定義がないということ。日本国憲法では憲法内で具体的なこと書かずに、「法律でこれを定める」としていることも多い(そのため他の国に比べて憲法が非常に短いのだが)。しかし、皇室についてはそういう規定もない。法律条文に現れる用語を、日本語として一般に理解される意味に委ねて問題がなければそれでもよいが、皇室に関してはきちんと定義しておく必要があるだろうと思った。それで、皇室については法律で定義がされるいると想像した。そういう法律として考えられるのは皇室典範なので、その条文を当たってみた。
 しかし、直接的な皇室の定義はなかった。その代わり、皇族の定義があった(第五条に「皇后、太皇太后、皇太后親王親王妃内親王、王、王妃及び女王を皇族とする。」とある)。皇族には天皇が含まれていないが、天皇が皇室に含まれないとは考えられない。それで、皇室というのは「天皇と皇族」から構成されると考えてよいだろう。
 皇室典範第五条の皇族の定義をよく見ると上皇がない。これはどうしたことか。そうか、もともと日本国憲法下の皇室典範では天皇が退位して上皇になることは想定されていなかったんだ(大日本帝国憲法下の皇室典範でも同じ)。それが、平成天皇の意向を受けて、天皇の退位ということが起こった。この時に、天皇の退位を平成天皇に限った特例とするため、皇室典範を改正せず、別に「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」という法律を作ったということが分かった。この法律により、上皇上皇后を皇族に加えたわけだ。

 

 次に考えたのは、条文に「皇室に財産を譲り渡し」とあること。「皇室が、財産を譲り受け」と皇室を主語(受贈者)にした贈与の規定があるのだから、「皇室に財産を譲り渡し」という贈与者を主語にする規定をわざわざ書く必要はないと思った。しかし、考えてもこうなっている理由は分からなかった。しかし、分からないと結論する前に次のようなことを考えた。
 この条文によると、贈与が起こる前に国会の議決が必要だ。贈与は贈与しようとする側と贈与を受けようとする側の合意により成り立つが、普通は初めに贈与しようとする側の意思が示されると考えられる。従って、「皇室に財産を譲り渡」そうとする時に国会の議決が必要と書く方が自然だ。しかし、贈与者になるのは幅広い一般人であり、その意向を捉えるのは、常に国の保護管理下にある少数の皇室の意向を捉えるより難しい。それで、贈与を受ける側である皇室を主体にして、「皇室が、財産を譲り受け」る時に国会の議決が必要とも書いておくことにしたのだろうと思った。だが、それなら「皇室に財産を譲り渡し」は不要で、「皇室が、財産を譲り受け」だけでいいではないか。そんなわけで、結局、「皇室に財産を譲り渡し」とある理由は分からなかった。

 

 最後に(これが最も重要なことだが)、皇室に贈与するには国会の議決が必要とあるが、皇室への献上品や皇室からの下賜品が発生する時には、必ず国会の議決が行われているのだろうかという疑問が起こった。調べてみると、「皇室経済法」という法律があって、この第二条に次の規定があって「国会の議決を経なくても」賜与が行えることにされていた。

 

==== 皇室経済法 第二条 ========================
第二条 左の各号の一に該当する場合においては、その度ごとに国会の議決を経なくても、皇室に財産を譲り渡し、又は皇室が財産を譲り受け、若しくは賜与することができる。
一 相当の対価による売買等通常の私的経済行為に係る場合
二 外国交際のための儀礼上の贈答に係る場合
三 公共のためになす遺贈又は遺産の賜与に係る場合
四 前各号に掲げる場合を除く外、毎年四月一日から翌年三月三十一日までの期間内に、皇室がなす賜与又は譲受に係る財産の価額が、別に法律で定める一定価額に達するに至るまでの場合
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 これを見て、まず思ったのは、憲法で国会の議決が必要となっているのに、法律でその抜け道を作ってもいいのか! ということだ。ここで、改めて憲法第八条をもう一度よく読んでみて、国会の議決が必要とは書かれていないことに気付いた。「国会の議決に基かなければならない」と書いてある。国会の議決に基づくとは、国会の議決により作られた法律に則っていればいいということだと気付いた。これで疑問は氷解した、と一度は考えた。

 確かに、皇室へのまたは皇室からの贈与について、皇室経済法で上のような例外を定めることは現実的だと思う。しかし、この憲法解釈は非常に危ういのではないかと考えた。というのは、「国会の議決に基」くという表現は憲法に第八条の他に3か所(すべて第七章財政)出てくるが、それを「国会の議決により作られた法律に則っていればいい」と解釈するどうなるかということだ。
 例えば、第八十五条には「国費を支出し、又は国が債務を負担するには、国会の議決に基くことを必要とする」とある。もし、法律を作って「その度ごとに国会の議決を経なくても」内閣の一存で国債が発行できるとすれば、内閣は国会審議を経ずにいくらでも国債発行が出来てしまうことになるのか。これではマズイだろう。では条文ごとに同じ表現の解釈を変えるのか。
 条文によって同じ表現の解釈を変えるのはおかしいと初めは思った。しかし、法律(憲法も含む)にはその法律や条文を設けた趣旨(あるいは理念)といったものがあり、条文の文言に厳密にこだわるよりも、その法律・条文の趣旨(あるいは理念)に沿う(反しない)ように条文を解釈をした方がよいのではないかと考え直した。そう考えると、第四条の解釈は条文の趣旨には反しないように思えたし、上の例で書いた第八十五条の解釈はダメだと言えるような気がした。実はこの条文の文言と趣旨を巡る解釈の問題は、非常に重要かつ論争になるところだと思う。憲法での例をあげると、第二十四条の「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し」という文言と同性婚を認めるかどうかという問題などもそうだろう。

 

 皇室経済法憲法に反するかどうかについては、反しないという前提に立った上で、皇室経済法第二条で「国会の議決を経なくても」賜与が行える場合としてあげられている中身をみておこう。
 第一号の「相当の対価による売買等通常の私的経済行為に係る場合」は、そもそも贈与(財産を譲り渡し、財産を譲り受け)ではないのでわざわざ挙げるまでもないだろう。第二号の「外国交際のための儀礼上の贈答に係る場合」も問題はないと思う。第三号の「公共のためになす遺贈又は遺産の賜与に係る場合」は、「公共のためになす」というのがどうとでも取れるのでちょっとまずいかなと思うものの、皇室の多額の財産が動かされる場合は社会的に大きな関心を呼ぶので現実的な問題はないだろうと考えた。
 第四号については、少額の場合は構わないという趣旨はいいが、「別に法律で定める一定価額」というのがいくらなのかが気になった。これは、「皇室経済法施行法」第二条に
  (1)天皇など内廷費の対象皇族は、賜与が1,800万円まで、譲受が600万円まで
    ※内廷費の対象皇族は「天皇並びに皇后、太皇太后、皇太后、皇太子、
     皇太子妃、皇太孫、皇太孫妃及び内廷にあるその他の皇族」
  (2)その他の皇族は、賜与・譲受ともに160万円まで(但し未成年皇族は35万円まで)
と定められている。庶民感覚からすれば大きい金額だが、皇室とすれば妥当な金額なのかもしれない。ここまで来て、ようやく例えば天皇への献上品は1年間に600万円までは国会の議決を必要としないことが分かった。しかし、献上品は沢山ありそうなので、1年で600万円を超えてしまいそうな気がする。600万円を超えることになった場合は、本当に国会で議決しているのだろうか。と思って、検索してみると、次の記事が見つかった。。
→テレ朝news https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000156524.html

 

両陛下への献上品で閣議決定 制限額以上が可能へ

 天皇陛下の即位を祝う献上品について、法律で定められた金額以上の品物の受け取りを可能にする議決案が閣議決定されました。

 天皇皇后両陛下が1年間で受け取ることができる品物の上限は、法律による規定で上皇ご夫妻と長女の愛子さまと合わせて600万円相当までに制限されています。即位に際し、両陛下に対して多数のお祝い品の贈呈が予想されることから、政府は7日の閣議で10月の即位礼正殿の儀の前後50日間に限り、制限額を超える品物を受け取ることができるようにするための議決案を決定しました。今後、衆参両院で議決されることになります。献上品を贈ることができる団体は都道府県などに限られ、一般国民からの贈呈は認められない見通しです。

 

大きな行事などで多くの献上品が予想される場合は、このように国会の議決を経て別枠を設けているようだ。なお、別の記事で食品は財産として長く保管できないと言う理由から限度額の範囲外だということも分かった(なるほど、食品の献上が多い理由の一つがこれか)。