辺民小考

世の中の片隅に生きていますが少しは考えることもあります ― 辺民小考

中国が日本産水産物の輸入を全面停止したことについて考える

 8月24日に、福島からトリチウムなどの放射性物質を含む処理水の海洋放出が始まった。これを受けて、中国は即日、日本産水産物の輸入を全面停止する措置を取った。これに対して、日本政府は中国のこの措置を強く非難した。一方、処理水の海洋放出については、野党などから日本政府を批判する声が上がっている。この政府批判に対する批判をする人も現れている。これらのことについて、わからないことを調べながら、自分なりに考えてみたい。

 

●処理水とはどういうものか?
 福島第一原子力発電所では事故後、放射性物質を含む「汚染水」が発生し続けているので、その汚染水から有害な放射性物質を出来るだけ取り除く処理をしている。その処理された水が「処理水」だ。

 

 そもそも何故、事故後12年以上も経ってもなお、「汚染水」が発生し続けているのか。汚染水は、原子炉内で溶け落ちた核燃料(燃料デブリ)やそこから原子炉建屋内に放出される放射性物質に触れることにより汚染された水だ。そのような水はなぜ生じるのか。大きく分けて2つの要因がある。
  (1)原子炉内の燃料デブリを冷やすため水を注入していること
  (2)原子炉建屋内に流れ込む地下水や雨水があること

 

 もともと、原子力発電は核燃料から発生する熱で水を沸かして蒸気を作り、その蒸気の力でタービンを回して電気を起こす仕組みなので、原子炉と発電機の間で水を循環させている。その水は非常に高いレベルの放射性物質で汚染されているが、循環させることでその水が外部に出ないようになっている。水を循環させるために、発電機のタービンを回したあとの蒸気を冷却水(海水)で冷やして水に戻しているので、冷却水も放射性物質で汚染されるがその汚染レベルは低く抑えられている。そのため、冷却水として使うため海から取り込んだ水は、使ったあと海に放出していた。これが通常運転の状態だ。
 ところが、福島第一原発では、東日本大震災とそれに伴う津波により、最高レベル(レベル7)の事故が起こり、原子炉の核燃料が原子炉圧力容器の底に落ちる炉心溶融メルトダウン)、さらに圧力容器の外側の原子炉格納容器にまで漏れ出した(メルトスルー)。また、メルトダウンの影響で水素が大量発生して水素爆発を起こし、原子炉建屋および周辺施設が大破した。核燃料は事故後も非常に大きい熱を出し続けるので、これを冷やさないとまた水蒸気爆発などが起こり広範囲に高レベル放射性物質がまき散らされることになる。従って(1)は必須です。

 

 (2)については、建屋が壊れているので雨水が入ってくることは容易に想像できるが、地下水が大きな問題であることは、私は今回調べてみて初めて知りました。実は、福島第一原発の敷地はもともと海抜35mの台地で地下水の豊富なところだったが、その台地を掘り下げて発電所を建設したため、建設当初から地下水の処理が大きな課題でした。原発完成後も、建屋への地下水の流入を防ぐため、建屋の周囲に立て坑を60本近く掘り、事故前も1日800tを超える地下水をくみ上げて海に流していたようです(建屋への流入前に汲み上げているので、これはほとんど汚染されていない)。事故直後は、立て坑が放射性物質が付着したがれきで埋まったため、建屋地下には1日400tの地下水が流入して、核燃料を冷やした後の高濃度汚染水と混じり多量の汚染水が発生していたようです。
→(参考)東京新聞の2013年9月の記事 https://www.tokyo-np.co.jp/article/236982

 

 事故のあと、国と東電は10年以上に渡って、(1)による高濃度汚染水を浄化後に再び冷却に使うことにより循環させたり、(2)の地下水流入を防ぐために建屋の前(陸側)に壁(凍土壁)を作り、地下水をくみ上げる井戸(サブドレン)も作ったりして、出来るだけ発生する汚染水を減らす努力をしてきました。しかし、地下水の流入を完全に止めることは出来ず、現在でも1日130t程度の汚染水が発生しています。東電の資料(2021年6月25日付「福島第一原子力発電所の汚染水処理対策の状況」)を見ると、130tのうち8割近く(約100t)は建屋に流入している地下水(雨水は少ないと想定)によるものであることが分かります。だから、地下水が最大の問題なのです。このようにして発生した汚染水は、当然そのまま海に流すことはできないので、海側に遮水壁を作って敷地から出ないようにしています。

 

 毎日外から流入した水で汚染水が発生しそれを外に出せないとしたら、敷地内にはどんどん汚染水が貯まっていきます。発生したままの汚染水は非常に危険なので、そこに含まれる放射性物質を多核種除去設備(ALPS)で出来るだけ除去処理した上で、敷地内のタンクに保存しています。「処理水」(ALPS処理水)というのはこのタンクに溜められた水のことです(発生する汚染水1日130tにALPS浄化時薬液10tが注入されるため「処理水」の発生量は1日140tになります)。構内に設置されたタンクは約1000基ある(その容量は137万t)が、すでにその9割に「処理水」が貯まっています。その結果、敷地内に同じ方法でこのまま溜め続けることが出来なくなってきているので、別の解決方法を考える必要があります。ここまでは、誰もが認めざるを得ない事実だと思います。

 

 汚染水には多くの種類(核種)の放射性物質が含まれているが、ALPSではそのうち62核種を対象として除去処理を行っている。この62核種は、処理後の水が環境へ漏えいした場合の人間への放射線被ばくのリスクを考えて、汚染水に含まれる核種の推定濃度が国の基準(告示濃度限度)に対し 1/100 を超える核種が選ばれている(1/100という値は選んだ核種をすべて1/100以下にした場合に、選ばなかった核種を含めても全体として基準を満たすだろうという考えによる)。ただし、ここで一つ例外があり、トリチウム(普通の水素に中性子が2つ加わった放射性物質)だけは対象から外されている。これは、トリチウムが水分子の一部になって存在して除去が困難であるためであるが、その結果、ALPS処理水に含まれるトリチウムは国の基準を超えている状態のまま残っている。実際、東電の資料(2018年10月1日付「多核種除去設備等処理水の性状について」)を見ると、トリチウムを除く核種の合計は基準値を下回っているが、トリチウムは基準値を超えていることが分かる。これが、国や東電も報道機関もトリチウムにこだわって処理水のことを語っている理由だ。

 

 処理水はトリチウムを別にしても放射性物質を完全に取り除いているわけではない(それは不可能だ)。国や東電が「処理水」と言っているのは、処理された水という意味では正しい表現だが、トリチウムを含めて放射性物質がまだ残っている(すなわち汚染されている)という意味で「汚染水」と呼ぶことも可能だ。そのため、国や東電の言うことを受け入れている人は「処理水」と呼び、国や東電を批判する人は「汚染水」と呼ぶという言葉の違いが生じている。

 

 また、現在敷地内のタンクに保管されている水は、トリチウム以外の放射性物質も国の基準値を超えて残っているものが多い(約7割)という事実がある。これは、「ALPSの運用当初は、処理水が規制基準を満たすことよりも、敷地内の放射物質濃度の低減を優先して処理していたため」だ(東電の「処理水ポータルサイト」の「Q&A」による)。この「処理途上水」は今後再浄化処理を行って「トリチウム以外の放射性物質が規制基準を満たすまで取り除く」と東電は書いているが、こうした事実もあって、国や東電を批判する人が「汚染水」と呼ぶ理由の一つになっている。
 なお、これらのことを踏まえて、国(資源エネルギー庁)は2021年4月に、タンクに保管されている水全部をALPS処理水と呼ぶことをやめ、「トリチウム以外の核種について、環境放出の際の規制基準を満たす水のみをALPS処理水と呼称する」として、ALPS処理水の定義を変更しました。
https://www.meti.go.jp/press/2021/04/20210413001/20210413001.html

 

 さらに、国や東電を批判する一部の人は、東電が発表しているALPS処理後の水の放射性物質の値を疑っていたりする。それにはそれなりの理由があるらしいのだが、その真偽を確かめるのは大変だし、さすがに東電も公表する数値をごまかすところまではやらないだろうと思うので、私はそこまで疑うことはしない。
 

●処理水の海洋放出について
 溜まり続ける処理水の処分方法については、「多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会(ALPS小委員会)」で2016年11月から3年以上に渡って検討が行われ、2020年2月に45ページの報告書が公表された。その報告書を詳細に読み込むことは私の能力を超えるが、飛ばし飛ばし読んでみた範囲で理解した内容などを以下に書いてみたい

→報告書 https://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/osensuitaisaku/committtee/takakusyu/pdf/018_00_01.pdf

 

 実は、処理水の処分方法については、ALPS小委員会より前に、「汚染水処理対策委員会」の下に設置された「トリチウム水タスクフォース」で2013年12月から検討が行われていて、2016年6月に報告書を取りまとめている。ALPS小委員会では「トリチウム水タスクフォース」のこの報告書を踏まえて検討を行っている。
→タスクフォース報告書 https://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/osensuitaisaku/committtee/tritium_tusk/pdf/160603_01.pdf

 

 「トリチウム水タスクフォース」では、トリチウム水の処分方法(「長期的な取扱い方法」と呼んでいる)として次の5つの方法を選び、前処理なし、希釈、同位体分離と組み合わせることで得られる以下の11の選択肢に整理して、各方法について評価を行っていた。

 

  ・地層注入(前処理なし/希釈後/分離後)
   ※圧縮機を利用し、深い地層中(深度2,500m)に注入する
  ・海洋放出(希釈後/分離後)
   ※海洋に放出する
  ・水蒸気放出(前処理なし/希釈後/分離後)
   ※蒸発処理し、高温水蒸気として、排気筒から大気に放出する
  ・水素放出(前処理なし/分離後))
   ※電気分解によって水素に還元し、大気に放出する。
  ・地下埋設(前処理なし)
   ※セメント系等の固形化材を混ぜ、コンクリートピット等の区画内に埋設する

 

 評価項目としては、基本要件として技術的成立性と規制成立性(既存の規制との関係)をあげ、制約となりうる条件として期間、コスト、その他(処分に必要な面積、二次廃棄物、作業員被ばく、他)をあげていた。タスクフォースは、技術的な評価を行うことを目的としていた(報告書には「関係者間の意見調整や選択肢の一本化を行うものではない」と書かれている)ため、5つの方法のどれにすべきかといった結論は出していない。また、タスクフォースの名前からはわかるように、放射性物質としてはトリチウムのみを念頭に置いて検討されたこと(報告書には「トリチウム以外の核種は多核種除去設備等により別途除去されることを前提としている」と書かれている)にも、注意する必要があるかもしれないと思った。

 

 ALPS小委員会の報告書では、先ず「トリチウム水タスクフォース」での検討結果を簡単にまとめたあと、処理水の処分方法の検討の前に、タンク保管容量の拡大について(敷地外への移送・保管及び敷地の拡大を含む)およびタンク保管の継続可能性について検討を行っている。そして、保管容量の拡大はいずれの方法も(可能だとしても)「相当な時間を要する」などとして排除し、タンク保管を長期間に渡って継続してゆくことは困難であることを示唆している。タンク保管の継続可能性の検討の前提として、処理水の処分は廃炉作業の一環であり、30年~40年後と想定される廃炉作業の完了までに処理水の処分を終える必要があることをあげている。

 

 この点については、海洋放出に反対する国際環境NGOグリーンピースなどは、(燃料デブリの取り出しなど遅々として進まない廃炉作業と切り離して考えれば)「福島第一原発の敷地内にも近隣地域にも、汚染水を長期的に保管するための十分なスペースがあります」と言って批判している。しかし、仮に廃炉作業を止めたとしても、汚染水を長期的にタンク保管することは遅かれ早かれできなくなると思うので、私はこの批判には賛同しない。

 

 ALPS小委員会の報告書は、このあと処理水の処分方法の検討をしている。私が驚いたのは、検討の初めに「風評への影響に配慮した検討を行うことが重要である」と述べ、風評への影響についても書かれていることだ。例えば、「処分の開始時期と風評への影響について」として、次のような記述もある。

   処分の開始時期が遅ければ遅い方が世の中の関心が小さくなり報道量も減り、
  風評への影響は少なくなる。また、報道機関を含め国民のトリチウムに関する
  理解が進むことが期待される。一方、処分が行われると新たな事象としての
  報道のインパクトは大きいので、処分を行う時期の検討が必要である。
 
   また、商業活動における売上高等においては、事故による経済的被害が
  残存しており売上高等が落ち込んでいる状況と復興が進み売上高等が
  戻りつつある状況では、処分時の売上高等の落ち幅は後者のほうが大きく
  なると考えられるが、後者のほうが事業者の体力が回復しており、
  風評による影響に耐えうることが期待される。

 

 しかし、処分方法を絞り込むにあたっては、結局のところ技術的な面に限定しているように思える。報告書最後の「まとめ」から引用すると以下。

 

   タスクフォースで検討された 5 つの処分方法のうち、地層注入については、
  適した用地を探す必要があり、モニタリング手法も確立されていない。
  水素放出については、前処理やスケール拡大等について、更なる技術開発が
  必要となる可能性がある。地下埋設については、固化時にトリチウムを含む
  水分が蒸発することや新たな規制設定が必要となる可能性、処分場の確保の
  必要がある。こうした課題をクリアするために必要な期間を見通すことは難しく、
  時間的な制約も考慮する必要があることから、地層注入、水素放出、地下埋設
  については、規制的、技術的、時間的な観点から現実的な選択肢としては
  課題が多く、技術的には、実績のある水蒸気放出及び海洋放出が現実的な
  選択肢である。

 

 このように書いて、処理水の処分方法を「水蒸気放出」と「海洋放出」の2つに絞り込んでいる。さらに、次のように書いているので、海洋放出の方を暗に推奨しているように私には思われた。

 

   水蒸気放出は、処分量は異なるが、事故炉で放射性物質を含む水蒸気の放出が
  行われた前例があり、通常炉でも、放出管理の基準値の設定はないものの、
  換気を行う際に管理された形で、放射性物質を含んだ水蒸気の放出を行っている。
  また、液体放射性廃棄物の処分を目的とし、液体の状態から気体の状態に
  蒸発させ、水蒸気放出を行った例は国内にはないことなどが留意点として
  あげられる。また、水蒸気放出では、ALPS 処理水に含まれるいくつかの核種は
  放出されず乾固して残ることが予想され、環境に放出する核種を減らせるが、
  残渣が放射性廃棄物となり残ることにも留意が必要である。

 

   海洋放出について、国内外の原子力施設において、トリチウムを含む
  液体放射性廃棄物が冷却用の海水等により希釈され、海洋等へ放出されている。
  これまでの通常炉で行われてきているという実績や放出設備の取扱いの容易さ、
  モニタリングのあり方も含めて、水蒸気放出に比べると、確実に実施できると
  考えられる。ただし、排水量トリチウム放出量の量的な関係は、
  福島第一原発の事故前と同等にはならないことが留意点としてあげられる。

 

 ここで、専門家が技術的に検討していることの是非を私が判断することは困難なので、ALPS小委員会の検討の詳細には踏み込まない。専門家でない一般人としては、もっと大括りに問題を捉えた方がよいと思う。そういう観点で私が考えたことを以下に書く。

 

 そもそも処理水の中に存在する放射性物質は、人工的に消滅させることはできない(物理研究者が行っているような巨大な実験設備を使って核分裂反応を起こすことは可能であるが、そんな方法を処理水に適用できるわけではないし、出来たとしても新たな放射性物質が生まれる可能性が高い)。多核種除去設備(ALPS)で除去しているというのは、放射性物質を消滅させているいるわけではなく、沈殿処理や吸着材による吸着などで水から分離しているに過ぎない(沈殿物や吸着材の中に放射性廃棄物として残る)。従って、放射性物質は自然に崩壊を起こして別の物質に変化するするのを待つしかない。

 

 放射性物質が自然崩壊し終わるまで、その物質をどこにどういう形で存在させるかについて、大きく分けて2つの考え方がある。一つは、出来るだけ狭い範囲に閉じ込めて人の生活環境から離しておくという考え方(地層注入や地下埋設はこの考え方)。もう一つは、出来るだけ広い範囲に散らばらせて人への影響を少なくするという考え方(海に拡散させる海洋放出や大気中に拡散させる水蒸気放出・水素放出がこの考え方)。前者は閉じ込めが完全でなければ環境への流失により環境を汚染する可能性があるものの、考え方としては環境を汚染させない考え方である。一方後者は、人への影響がほとんどないのであれば環境を汚染させても構わないという考え方だ。
 もし、どちらの考え方でも実現可能な方法があるなら、環境を汚染させない方がよいに決まっているだろう。しかも、環境を汚染させないのならば、国内や外国から懸念を抱かれこともない。しかし、人類が色んなもので環境を汚染させてきたことでもわかるように、不要で有害なものは環境に放出するのが簡単なため、環境に放出しない方法はなかなか開発出来てこなかった。今後、人類が原子力発電のような通常でも少量に事故時は多量に放射性物質を生み出す技術を使い続けるのであれば、放射性物質を環境に放出しない方法を開発してゆく必要があると思う。なぜなら、地球環境は閉じられた有限の領域であり、有害物質を消滅するより早い速度で環境に放出すれば、環境中の有害物質の濃度はだんだん大きくなり、やがて人間に影響を及ぼすようになるのだから。
 福島第一原発の処理水の処分方法として、地層注入や地下埋設の方法が現実的に実施できるかどうかは私には分からないが、このようなことを考えた。

 

 考えたことは他にもあるので、それも書いておく。

 

 ALPS小委員会が処理水の処分方法を絞り込む時に、「実績」や「前例」を理由に挙げているが、「実績」や「前例」があるということは実施しやすいということに過ぎず、それが良いかどうかは別の話だろう。にも拘わらず、これを理由に挙げているのは、出来るだけ良い方法を見つけようというより、出来るだけ簡単な方法で済まそうとしているように思えてならない。さらに、通常の運転時と同じ方法でかつ同じ濃度の放出であっても、事故による放射性物質の放出は通常の運転時の放出とは人の心理的影響が全く違うだろうということも考えた。やっぱり、「技術的には」と書いてあるのは、風評を含めた国内外の懸念を考慮しないということなんだなと思った。

 

 また、ロンドン条約海上からの放射性廃棄物の海洋投棄は禁じられていて、日本の原子炉等規制法でも認められていないということを知って驚いた。海上からの投機はダメで、陸上から海底トンネルを使って沖合まで移送して放出すること(今回の海洋放出の方法)はOKだなんて、なんという抜け道か。

 

 政府は、このALPS小委員会の報告を受けて、処理水の処分方法を海洋放出に決定した。これは2021年4月のことである。この時、海洋放出の実施は約2年後としていたので、今回の海洋放出開始はその時の方針に沿ったものだ。

 

●中国の日本産水産物の輸入全面停止について
 中国が8月24日に発表した輸入停止措置の文書は「税関総署公告2023年第103号」というもので、原文はもちろん中国語なので機械翻訳してみると次の内容だった。

 

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日本の福島からの核汚染水の排出によって引き起こされる放射能汚染のリスクを食品安全、中国の消費者の健康を保護し、輸入食品の安全を確保するために、中華人民共和国食品安全法およびその施行規則、中華人民共和国の輸出入食品安全管理措置の関連規定、および世界貿易機関の衛生植物検疫措置の実施に関する協定の関連規定に従い、 税関総署は、2023年8月24日(両日を含む)より、日本原産の水産物(食用水生動物を含む)の輸入を全面的に停止することを決定しました。
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 機械翻訳なので日本語としておかしいところもあるが、意味するところは大体わかる。「日本原産の水産物(食用水生動物を含む)の輸入を全面的に停止する」という措置を取った理由として、「核汚染水の排出によって引き起こされる放射能汚染のリスク」に関して「中国の消費者の健康を保護し、輸入食品の安全を確保するため」と書いてある。汚染水と言ったって基準値以下だしIAEAも安全性を認めているのに、とんでもない言いがかりだ、と反発するのは日本人としては当然なのですが、私は世界貿易機関(WTO)の「規定に従い」というところに注目しました。

 

 中国のこの措置って、本当にWTOで許されていることなの?、という疑問が起きたのです。もし許されているなら、気に入らないけれど文句は言えないなと思ったわけです。それで、WTOの「関税及び貿易に関する一般協定」に当たってみた。すると、第11条に次の規定があった。

 

====第11条 数量制限の一般的廃止====================
締約国は、他の締約国の領域の産品の輸入について、又は他の締約国の領域に仕向けられる産品の輸出若しくは輸出のための販売について、割当によると、輸入又は輸出の許可によると、その他の措置によるとを問わず、関税その他の課徴金以外のいかなる禁止又は制限も新設し、又は維持してはならない。
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 この規定は、要するに、輸入も輸出も数量制限を行ってはならない、ということです。輸入停止は数量を0に制限することですからダメということです。しかし、これは第11条の第1項で、すぐあとの第2項に「前項の規定は、次のものには適用しない」として例外がいっぱい書いてあるのです。実は他の条文のところにも数量制限禁止の例外が色々書かれていることが分かった。それらの例外に当てはまるかを検討するのは大変なのでやめました。


 細かい検討をやめたのは、日本だっていっぱい輸出制限をしているし場合によっては輸入制限だってしていることに気付いたからです。だからきっと例外というか抜け道が沢山あって、どの国も色んな理由を付けて輸出入制限をしているのが現状だと思ったわけです。実際、日本も経済制裁としてロシア対する輸出や輸入の禁止措置を行っているし、中国に対しても政治的な理由で輸出制限している品目がいっぱいある。WTOの規定では第21条に「安全保障のための例外」があって、日本の輸出制限はこれに基づいて行われていると思いますが、本当は安全保障というよりも政治的な理由でしょう。

 

 ここまで考えたら、今回の中国の輸入全面停止も表面上は食品の安全性を理由にしているが、本当の理由は政治的なところにあると考えるべきだと思いました。政治的な理由とはどういう意味か。それは相手国の行動が気に入らない時に、輸出や輸入に制限をかけることにより相手国を困らせるということです。中国は日本の何が気に入らないのか。これは考えるまでもなく明白でしょう。

 日本は昨年来、それまで以上に中国を敵視し、「反撃能力」として日本列島にトマホークを400発も並べたり、台湾有事を声高に言い立てたりしているのですから、中国が反発しない方がおかしいくらいだと思います。

 

 中国は日本の貿易相手国として輸出輸入ともに第1位です。日本の防衛を言う時に、輸出入への影響とそれによる経済や国民生活の困難を全く考えていないとすれば、そんなものは防衛政策と言えません。


 輸出入制限により相手国に圧力をかける時には、相手経済への影響と自国経済への影響とを秤にかけて判断するでしょう。今回の措置は、日本が受けるダメージに比べて中国自身のダメージが少ないと中国が判断したから実行したのだろうと思う。中国への影響も非常に大きい措置、例えば日本からの輸入をすべて止めるなどということは起こらないと思うが、中国自身への影響が比較的少ない輸出入の制限は今後も別の品目で行われる可能性があると考えた方がよいかもしれません。

 

●政府の対応への批判について
 政府の対応についての野党の批判は、主に「関係者の理解なしに、いかなる処分も行わない」との約束が守られていないことに焦点があるように思います。これは重大なことだ私も思います。また、市民活動家や環境保護団体からは海洋放出という方法への批判もあります。これについては、納得できる他の方法が私には考えられませんでした。しかし、私はこれらと違う観点からも考えました。

 

 先ず、処理水の処分方法の検討を、中国の研究者等を含む国際的な枠組みで行うべきだったと思いました。これはかなりの理想論です。しかし、今や多くの科学技術分野で中国の研究者は世界のトップクラスですし、処分方法によって多くの国が影響を受ける国際的な問題であるので、このような枠組みで検討することに意味があると私は思います。処分方法の検討には、技術的問題以外にコストも問題もあります。他国が安心できる方法を実施するための、コスト負担を他国にも求めることだってできるかもしれません。もし、そこで技術的検討により環境への負荷を抑えられる新しい方法が見つかれば、人類全体の利益にもなるでしょう。と、こんなことも考えましたが、これは政府批判というより、私の夢かもしれません。

 

 私の政府批判は次の2つです。

1.最終的に海洋放出を決める前に、なぜ中国等の反発が予想される国と相手の言い分を聞き、日本の事情も話した上で解決策や妥協案を探る外交交渉を何もしなかったのか。単にIAEAも使って、安全だと一方的に言っていただけではないか。
2.海洋放出を実施する時に、中国等の反発が予想されたので、当然その影響を考えたはずである(考えてなければ論外)。しかし、その想定は全く外れていたと思われる。従って、正確な判断が出来ていなかったということだ。事前に何のさぐりも入れていなかったのか。


●政府批判に対する批判について
 コメンテーターとかインフルエンサーとか呼ばれる人が、政府批判をする人を批判する言説をいくつか目にした。しかし、それらは私が調べて検討した程度のことも全くしていないようなコメントに思えて仕方なかった。そういう人たちのコメントに反応するよりも重要なことは、自分で調べて自分で考えることだと、改めて思った。

 

●最後に

 海洋放出後のリチウムの生物食物連鎖による濃縮や、内部被ばくでは弱いβ線でも問題になることなど、書きたかったことは他にもあるが、あまりにも長くなったので、ここで終わりにします。

 

 もし、この記事を読まれた方がいらっしゃれば心から感謝します。ありがとうございました。