辺民小考

世の中の片隅に生きていますが少しは考えることもあります ― 辺民小考

消費者物価指数について

 朝食は毎日同じメニューだ。レーズンバターロール2個、トースト5枚切り1枚、チーズ1片、バナナ1本、ゆで卵(半熟)、プレーンヨーグルト(レーズンをトッピング)、野菜ジュース、牛乳、が定番。起きる時間が家人より数時間早いので、朝食は自分で用意して一人で食べる。この定番メニューの朝食は自分だけなので、これらの食品は自分で買ってくる。10日毎に買う卵と1kg単位で買うトッピング用のレーズン以外は、5日分を同じ店で毎回同じ品物を買う。5日毎に同じ物を同じ店で買うので、いやでも物価の上昇を実感することになる。
 先日(8月11日)買った時は1,589円だったが、記録を見ると同じものが1年前(2022年8月9日)には1,293円だったので、1年で何と22.9%も値上がりしたことになる。もちろんこれは、私が朝食用に買う限られた食品についての話だが、ほかの買い物についても値段がかなり上がっている印象がある。少なくとも食品については10%以上値上がりしているような印象だ。ところが、報道されている消費者物価指数はこのところ3~4%の上昇ということだ。このギャップはどういうことだろう。消費者物価指数は生活実態を反映していないのではないか。そう思ったので、消費者物価指数について自分なりに考えてみることにした。

 

●政府が発表する消費者物価指数
 消費者物価指数(CPI)は総理府統計局が毎月公表しているもので、最新は7月21日公表の2023年6月分だ(*1)。これをみると、冒頭に「ポイント」として
 (1)  総合指数は2020年を100として105.2
    前年同月比は3.3%の上昇  
 (2)  生鮮食品を除く総合指数は105.0
    前年同月比は3.3%の上昇   
 (3)  生鮮食品及びエネルギーを除く総合指数は104.4
    前年同月比は4.2%の上昇  
と書かれている。やはり、対前年の上昇率は3~4%となっている。これがあまりにも自分の実感と合わないので、消費者物価指数がどのように計算されるものなのか調べてみた。
 総理府統計局の消費者物価指数(CPI)のトップページ(*2)には、こう書かれている。

      「消費者物価指数は、全国の世帯が購入する家計に係る財及びサービスの価格等を総合した物価の変動を時系列的に測定するものです。 すなわち家計の消費構造を一定のものに固定し、これに要する費用が物価の変動によって、どう変化するかを指数値で示したもので、毎月作成しています。指数計算に採用している各品目のウエイトは総務省統計局実施の家計調査の結果等に基づいています。 品目の価格は総務省統計局実施の小売物価統計調査によって調査された小売価格を用いています。結果は各種経済施策や年金の改定などに利用されています。」

 
 これを見ると、(専門家でないのでよく分からないところもあり、また細かいところでややこしい話が色々ありそうだが)、消費者物価指数はおおむね次のように計算されていると思われる。
1.家計調査の結果に基づいて、家計で消費(購入/支出)されていると思われる品目とそのウェイトを決める(品目とウエイトは時と共に変化するので基準時点のものを用いる。現在の基準時は2020年となっている。)
2.小売物価統計調査の結果により、調査時点の各品目の小売価格を決める
3.各品目について伸び率(=調査時の価格/基準時の価格)を求めてウェイトを掛け、それを全品目積算した値に100を掛けて指数を求める
 
 この中で2は同じ品目で具体的な商品の選び方や店ごとの価格の違いが、消費者物価指数と私の購買行動で異なることがあるとしても、同じ品目内で各商品や各店での価格上昇率はそんなに大きく違わないと思う。3は単なる計算なので、消費者物価指数と私の実感が大きく異なる原因は1にあると考えられる。すなわち、家計調査に基づく消費構造(品目とそのウェイト)が家計調査と私では大きく違っているのではないかということだ。それで、家計調査について調べてみることにした。
 
 家計調査についても総理府統計局が色々な情報を公表しているが、そのトップページには次の説明がある(*3)。

     「家計調査は、一定の統計上の抽出方法に基づき選定された全国約9千世帯の方々を対象として、家計の収入・支出、貯蓄・負債などを毎月調査しています。家計調査の結果は、これら調査世帯の方々の御理解・御回答によって得られており、我が国の景気動向の把握、生活保護基準の検討、消費者物価指数の品目選定及びウエイト作成などの基礎資料として利用されているほか、地方公共団体、民間の会社、研究所あるいは労働組合などでも幅広く利用されています。」

 
 これを読んでまず引っかかったのは、「一定の統計上の抽出方法に基づき選定された全国約9千世帯の方々を対象として」というところだ。世の中には大金持ちも貧乏人もいるし、消費行動は人(世帯)によって様々だ。いったいどのようにして選ぶのだろう。「家計調査の概要」というページの中に詳しい説明があった(*4)。細かいことが色々書いてあって難しいが、ざっとみたところ出来るだけ幅広く色々な世帯が対象となるようにしていることは分かった。選ばれた世帯が(学生の単身世帯などいくつかの種類の世帯を除外しているものの)選ばれた世帯は概ね社会の縮図になっていると思えたので、ここまではよい。
 次に気になったのは「調査世帯の方々の御理解・御回答によって」というところだ。調査対象世帯には調査票(家計簿など)の記入をお願いすることになるが、そういう調査にきちんと答えてくれる世帯は、時間的にも経済的にもある程度余裕のある世帯ではないだろうか。もしそうなら、調査された世帯は社会の実態よりも裕福な方向にバイアスがかかっていることになる。また、調査結果を元に平均処理をしたとすれば、国民の収入が中央値を中心とした正規分布ではなく平均値が中央値より高い分布であるため、大多数の国民よりも収入の多い世帯の様子を表すのではないかと思った。これらの疑問の答えは、調査結果の家計収入を見ればわかるだろう。
 
 「家計調査報告 ―月・四半期・年―」ページの「家計調査 2022年(令和4年)平均 (2023年2月7日公表)」(*5)を見ると、収入についての調査結果は次のようにまとめられている。
  実収入
  勤労者世帯の実収入(総世帯)は、1世帯当たり  535,177円
         前年比                    実質 0.6%の減少      名目 2.4%の増加
  勤労者世帯の実収入(二人以上の世帯)は、1世帯当たり  617,654円
            前年比                    実質 1.0%の減少      名目 2.0%の増加
 
これは月当たりなので12倍すると、総世帯の平均年収入は約642万円となる。何と、私の世帯の収入よりはるかに大きい! こんな大きな収入の世帯をモデルとした消費構造は私の消費構造と大きく違っていても不思議ではない。
 
 消費構造が消費者指数のモデルと私の消費行動がどう違うのかを詳細に調べるのは手に余るので、「2020年基準 消費者物価指数 全国 2023年(令和5年)6月分(2023年7月21日公表)」(*1)にある「2020年基準 消費者物価指数 全国 2023年(令和5年)6月分」(*6)で大分類の物価変動率とウェイトだけ見てみると、次のようになっている。
   大分類    ウェイト(合計10000)  物価変動率
  食料       2626         8.6%(上昇)
  住居       2149        1.2%(上昇)
  交通・通信   1493        2.2%(上昇)
   教養娯楽     911        3.4%(上昇)
   光熱・水道    693        -8.3%(下降)
  諸雑費      607        1.3%(上昇)
  保健医療     477        2.1%(上昇)
  家具・家事用品  387         9.6%(上昇)
  被服及び履物   353        3.9%(上昇)
  教育       304        1.3%(上昇)
 
 物価上昇率の大きい食料のウェイトが26.26%となっているが、我が家の家計支出ではこの比率がもっと大きい。食料の値上がりが大きいので、これが私の実感と消費者指数の上昇率との違いの主な原因だと思った。
(なお、光熱・水道の物価が大きく下降しているのは、電気代が17.1%も減少しているためだが、その原因は私にはわからなかった)
 
 (*1)「2020年基準 消費者物価指数 全国 2023年(令和5年)6月分(2023年7月21日公表)」
 (*2)「消費者物価指数(CPI)」トップページ
 (*3)「家計調査」トップページ
 (*4)「家計調査の概要」
 (*5)「家計調査 2022年(令和4年)平均 (2023年2月7日公表)」
 (*6)「2020年基準 消費者物価指数 全国 2023年(令和5年)6月分」

 

消費者物価指数のあるべき姿について

 現在の消費者物価指数は国民の大多数の消費実態に基づいた物価指標になっていないのではないかと思う。統計の連続性を維持するために現在の消費者物価指数はそのまま続けるとしても、少なくとも家計収入が全体の中央値付近の世帯の消費構造に基づいた指数が別に必要ではないか。また、消費者物価指数(及びその元になる家計調査)が生活保護基準に使われたり、年金の物価スライドに使われたりすることを考えれば、「生活保護世帯物価指数」や「年金受給世帯物価指数」といったものも必要だろう。
 それらの指数を具体的にどのようにして算出するかについては、色々と難しい事柄があるだろうと思う。しかし、政治がそういう指数を算出して公表すべしと決めれば、きっと優秀な官僚や学者の方々が実現方法を考えてくれるだろう。